規制改革実施計画2026 完全読解──医療AIの学習データ同意不要化、AI前提の業務再設計、現場DXまで「制度の節目」を全部並べる【節目カレンダー付き】
2026年7月21日閣議決定の一次資料179ページを読み込み、医療AI・医療DXの実施事項と背景の数字、今後1〜2年の制度の節目を整理しました
はじめに
2026年7月21日に閣議決定された「規制改革実施計画」は、医療AIと医療DX (医療のデジタル化) にとって、ここ数年で最も密度の高い政府文書になりました[1][2]。 AIの学習・テスト・評価を目的として医療データを本人同意なしで使える新法制の検討、AIを組み込んだ業務フローを前提とした人員配置ルールの再設計、オンライン診療の動く診察室、調剤の外部委託。 バラバラのニュースとして流れてきたテーマが、実施時期と担当省庁つきの実行計画として1冊にまとまっています。
note版では全体像を扱いました。
この記事では、一次資料である計画本文 (179ページ) と説明資料を読み込み、医療AI・医療DXに関わる項目の中身、背景の数字、設計上の論点、そして今後1〜2年の節目までを解説します。 読み終えるころには、ニュースの見出しに頼らず、自分の関わる領域で何がいつ変わるのかを自分で判断できるようになります。
用語集
はじめに、この記事で使う言葉を短く定義します。 2回目以降の登場では説明を省きますので、迷ったらここへ戻ってください。
規制改革実施計画: 政府の規制改革推進会議の提言 (答申) を受けて毎年閣議決定される、規制見直しの実行計画です。項目ごとに実施時期と担当省庁が明記されます。
医療DX: 医療分野のデジタルトランスフォーメーションの略です。カルテ、処方箋、健診結果などの情報を電子化し、施設や制度をまたいで使えるようにする取り組み全体を指します。
医療等データ: 電子カルテや介護記録、死亡情報など、個人の出生から死亡までの診療・介護に有用なデータの総称です。
一次利用と二次利用: 本人の治療やケアのためにデータを使うのが一次利用、研究開発や政策づくりなど本人以外にも役立つ目的で使うのが二次利用です。
仮名化: 氏名などを取り除き、誰のデータか直接は分からない形に加工することです。
EHDS: European Health Data Spaceの略で、EUが2025年に施行した医療データ利活用の法制度です。加盟国共通のルールで医療データの一次利用と二次利用を設計しています。
電子カルテ情報共有サービス: 全国の医療機関や薬局でカルテ情報の一部を共有する国の仕組みです。2026年度冬頃の運用開始に向けて検証が進んでいます。
NDB: 医療保険のレセプト (診療報酬明細書) を集めた国のデータベースです。
読影: レントゲンなどの医療画像を見て異常の有無を判定することです。読影を支援するAIは国の承認を受けた製品がすでにあります。
自律型AI: AIが単独で画像をふるい分け、異常の可能性がある画像だけを医師が確認する運用形態です。
治験審査委員会 (IRB): 治験 (新薬の臨床試験) を行ってよいか、倫理と科学の両面から審査する委員会です。
D to P with N: 患者のそばに看護師などがいる状態で行うオンライン診療の形です。
国家戦略特区: 地域を限定して規制の特例を試す制度です。
第1章: 全体像──10項目を3層に分けると設計思想が見える
規制改革実施計画の2026年版は「強い経済の実現」と「地方を伸ばし、暮らしを守る」の二本柱で、規制改革推進会議の答申 (2026年6月29日) 由来の55項目と国家戦略特区の2項目、あわせて57項目からなります[1][2]。 医療・介護分野の実施事項は10項目です。
医療AIの視点で3層に整理すると、計画の設計思想が見えてきます[2][3]。
開発の層は、AIに入れるデータを増やす制度です。
本人同意不要の医療等データの範囲・利用主体・利用目的の在り方 (2026年夏結論、2027年通常国会への法案提出を目指す)
電子カルテデータの利活用の促進 (2026年結論など)
全国がん登録情報・院内がん情報の利活用整備 (2026年夏結論・措置など)
実装の層は、AIや新技術を業務に組み込むときの規制です。
医師による画像読影等におけるAI活用の促進 (2026年度検討開始、2027年結論)
被験者保護と研究力強化のための倫理審査の適正化 (2026年度上期結論など)
現場DXの層は、サービス提供の仕組みを変える規制です。
地域におけるオンライン診療の更なる普及・円滑化 (2027年結論・措置など)
医療DXの活用を前提とした調剤業務の外部委託範囲の拡充 (特区、2026年度結論)
特例介護サービスの人員配置基準の緩和など (2026年度結論、2027年上期までに措置など)
特定施設等における人員配置基準の特例的な柔軟化 (2026年度結論・措置など)
医療・介護分野におけるタスク・シフト/シェアの促進 (2027年度以降順次結論)
10項目のうち6項目がデータとAIの利活用に直接関わります。 背景には、2025年12月に成立した医療法等の改正があります[6]。 この改正で、電子カルテ情報の共有、仮名化データの二次利用、オンライン診療の制度化といった医療DXの骨格が法律に入りました。 今回の計画は、その骨格に肉付けをする「次の一手」を、法律・省令・指針の各レベルで同時に打つものです。
ミニまとめ 医療・介護10項目は、開発 (データ)、実装 (業務規制)、現場DXの3層に整理できます。 6項目がデータ・AI利活用の制度整備で、実施時期と担当省庁が明記されています。 2025年12月成立の医療法等改正の骨格に肉付けする位置づけです。
第2章: 日本版EHDSへの道──同意不要の二次利用は「入口規制から出口規制へ」
計画の中で医療AIへの影響が最も大きいのは、「本人同意不要の医療等データの範囲・利用主体・利用目的の在り方」です[1][3]。 一言でいえば、日本版EHDSの設計図を描く作業が、締切つきで始まりました。
日本の医療データ制度は、患者本人の同意を先に取る入口規制を基本としてきました。 善意の仕組みですが、実務では次の問題を生みました。 同意を取れた患者のデータしか集まらないため、データに偏りが出ます。 何十万人分の規模が必要なAIの学習には、1件ずつの同意取得はそもそも現実的ではありません。 結果として、日本の医療データは量では世界有数なのに、研究とAI開発にはほとんど使えない状態が続いてきました。
これに対する処方箋が、出口規制への転換です。
データを集める段階の同意は求めない代わりに、使う人 (誰が)、使い方 (何のために)、使う場所 (どんな環境で) を審査と監視で厳しく統制します。 2025年12月成立の医療法等改正で、仮名化した医療等データを本人同意なしで使える「特定二次利用」の枠組みが一部できました[6]。 今回の計画は、この枠組みを本格的な法制度に育てる検討を、論点を列挙した上で指示しています。
第一の論点は、対象データの範囲です。
EHDSを参考に、次の14類型を含める検討が明記されました[1]。
国の公的データベース (NDB、介護データベースなど) のデータ
次世代医療基盤法の認定事業者が持つデータ
電子カルテデータ
所得や就労、家族情報など健康に影響する要因のデータ
病原体に関するデータ
疾患別のレジストリ (症例登録) のデータ
健康に関する調査データ
バイオバンク (血液や組織の保管庫) のデータ
臨床試験・臨床研究のデータ
治療に関与する医師のデータ (経験年数や専門など)
医療機器から得られる電子ヘルスデータ
ウェルネスアプリのデータ
介護関連データ
ゲノムデータや画像情報などの加工困難なデータ
ゲノムと画像が明示された意味は大きいです。
これらは仮名化しても個人にたどり着きやすい「加工困難データ」で、従来の匿名加工中心の制度では扱いが宙に浮いていました。 AIの学習素材として最重要のデータ類型が、正面から検討対象になったことになります。
第二の論点は、利用目的です。
公益性があると判断された場合に提供が認められる目的として、6類型が挙げられました[1]。
公衆衛生上の脅威から国民を守る活動や、医薬品・医療機器の安全性を確保する活動
行政機関の政策立案
統計
医療・介護分野の教育や指導
患者や医療従事者に利益をもたらす科学的研究
製品やサービスの開発・イノベーションにつながる医療機器、AIシステム、デジタルヘルスアプリを含むアルゴリズムのトレーニング、テスト、評価
最後の1つが、この計画の最大の注目ポイントです。
AIモデルの学習・テスト・評価という開発工程そのものが、本人同意不要でデータを使ってよい目的の候補として政府文書に明記されました。 利用主体も、医療従事者や研究機関に加えて、製薬企業、医療機器メーカー、行政機関などを幅広く含める方向です。
第三の論点は、データを実際に集める力です。
現行の次世代医療基盤法では医療機関からのデータ提供が任意で、集まりが悪いという課題が明記されました[1]。 計画は、診療所などの小規模機関を除くことも含めて優先順位を付けつつ、データを持つ様々な主体に提供を義務付けることを含む仕組みの検討を求めています。 任意で集める時代から、制度で集める時代への転換点です。
第四の論点は、インフラです。
別々のデータベースを突き合わせるための共通識別子 (被保険者番号やマイナンバーなどの活用を課題整理の上で検討)
公的データベースと民間データベースの利用申請・審査を一元的に行う体制
研究室や自宅から安全にアクセスできるクラウド解析環境と、AI計算に必要なGPUやストレージの整備
解析ソフトウェアの持ち込みを可能にする設計
さらに、データ利用で本人の健康に関わる重大な発見があった場合に、本人が拒否しない限り通知できるようにする仕組みも検討されます[1]。 再識別 (仮名化データから個人を特定すること) は原則禁止のまま、本人に利益を返すときだけ例外を作る設計で、データ提供者への還元という論点に踏み込んだ形です。
スケジュールは、2026年夏をめどに結論、2027年通常国会への法案提出を目指すと明記されました[1]。 関係省庁は内閣府、デジタル庁、厚生労働省、個人情報保護委員会の4者で、内閣府が検討を主導します。
ミニまとめ 医療データ制度が入口規制 (事前同意) から出口規制 (利用段階の審査・監視) へ転換していきます。 ゲノム・画像を含む14類型のデータ、AIの学習・テスト・評価を含む6目的が検討対象に明記されました。 データ提供の義務付け、共通識別子、一元審査、GPUつきクラウド解析環境までが論点で、2027年法案を目指します。
第3章: 電子カルテ──共有サービスの「中身・期間・集まり」を全部増やす
新しい法律ができても、器に入るデータが貧弱ではAIは育ちません。 計画は、日本の医療データの本丸である電子カルテについて、3つの方向の拡充を指示しました[1][3]。
前提を整理します。
電子カルテ情報共有サービスは、全国の医療機関や薬局で患者のカルテ情報を共有する国の仕組みで、モデル事業での検証を経て2026年度冬頃の運用開始が予定されています[1][10]。 共有できるのは、紹介状 (診療情報提供書)、退院時サマリー、健康診断結果報告書の3文書と、病名、薬剤アレルギー、その他アレルギー、感染症、救急・生活習慣病関連の検査結果などの6情報です。 すでに全国医療情報プラットフォームでは手術情報、処方情報、予防接種情報の共有も始まっています。
第一の方向は、中身の拡充です。
現在の対象情報では、臨床現場で必要な情報がなお不足しているという指摘を受けて、次の追加候補が挙げられました[1]。
診察時のバイタルサイン (血圧、脈拍など)
妊娠・出産関連情報や家族の既往歴
画像診断情報と、画像・病理のレポート
これまで共有対象外だった血液検査や尿検査などの検体検査結果
医師がカルテに文章で書き込んだ臨床情報 (テキスト)
画像とテキストは、医療AIの学習素材として最も価値の高い領域です。 ただしテキストはそのままでは使えず、構造化 (機械が読める形への整理) が必要なことも計画は指摘しており、現場の入力負担とシステム改修費用を勘案して検討するとしています[1]。
第二の方向は、期間の延長です。
医療機関から登録されたデータの保存期間は原則最長5年で、医師が個別に長期保存フラグを付けた場合しか延ばせません[1][3]。 先天性の病気や小児期に発症する病気では、子どもの頃の治療データを大人になってからの診療や研究で参照したいのに、5年では消えてしまいます。 計画は、長期の経過観察が必要な疾患を整理した上で、保存期間を延長する方向を示しました。
第三の方向は、集まりの強化です。
AIと研究の観点で最も重要なのは、データが偏りなく全数近く集まることです。 計画は、医療機関の規模に応じて優先順位を付けつつ、一定の強制力を含む実効性確保の方策をもって、標準化された電子カルテデータを取りこぼしなく収集する仕組みを、法制度の整備も視野に検討すると明記しました[1]。 また、共有・閲覧できる主体を医療機関にとどめず、薬局、訪問看護ステーション、介護事業所などへ広げる検討も指示されています。
二次利用の側では、共有サービスのデータを研究などに使えるようにする電子カルテ情報データベースの構築が、2028年度の運用開始を目指して進んでいます[1]。 共有サービスの対象情報が広がれば、このデータベースに入る学習素材も広がる設計です。
国のデータベース整備の一例として、全国がん登録データベースの改革も同じ流れにあります。 登録項目に病気の進行度分類 (TNM分類) や死亡場所を加える検討、死亡日や死因のより詳細な第三者提供、院内がん登録と NDBなど他の公的データベースとの連結解析の実現が指示されました[1][3][5]。 全数登録という世界的にも貴重なデータベースを、治療の結果 (アウトカム) まで追える研究・開発資源に育てる方向です。
ミニまとめ 電子カルテ情報共有サービスは2026年度冬頃の運用開始予定で、対象情報に画像・病理レポートやテキスト臨床情報を加える検討が始まります。 保存期間 (原則最長5年) の延長と、一定の強制力を含む悉皆的なデータ収集の法制化が視野に入りました。 二次利用側の電子カルテ情報データベースは2028年度運用開始を目指し、国のデータベース連結も進みます。
第4章: 実装の壁──人員配置ルールにAIの性能検証を組み込む
データがそろい、AIが完成しても、現場の業務ルールが変わらなければ導入は進みません。 今回の計画で構造的に新しいのは、人の配置を定めた規制をAIの技術水準に合わせて再設計するという発想が、検証の手順つきで政府文書に書かれた点です[1][3]。
適用例となったのは、自治体が行う住民健診の画像チェックです。 国の指針は、見落とし防止のため胃部・胸部・乳房のエックス線検査で2名以上の医師による二重読影を求めてきました。 この規定が定められたのは、確認できる資料で胸部が1992年、胃部が1998年、乳房が2000年です[1]。 30年以上前の技術水準を前提としたルールが、AI時代まで生き残っていたことになります。
一方で現在の状況は大きく違います。
国の承認を受けた読影支援AIが登場し、単体の性能試験では熟練医師と同等以上の感度 (病変を見逃さない性能) を実現しているとの報告があります[1]。
読影を専門とする放射線科医は医師全体の約2% (2019年時点) にすぎず、1名当たりの読影件数は欧米の約3倍に達するとの指摘があります[1]。
検診事業を受託する団体からは、読影医の確保に苦慮し、遠隔読影にも限界があるという声が上がっています[1]。
計画は、読影精度の担保を明文の前提に、医師1名でも可能とする方向で見直しを検討すると明記しました。 2026年度に検討を始め、2027年に結論を出します。 先行するのは2つの検証です。
AIを活用した業務フローの実現性検証: 医師と同等に腫瘤を検出できるAIが「異常の疑いあり」と選び出した画像に絞って医師が読影する流れについて、現在の技術水準での実現可能性と導入課題を検証します。
現行ルールの効果検証: 自治体が持つ検診データを使い、2名の医師の判定不一致率と、不一致例のうち精密検査で病気と確定した割合を照合します。二重読影がどれだけ見落としを防いでいたかを、初めてデータで確かめる試みです。
2つ目の検証は地味に見えて重要です。
「人を2人置く」という規制の効果自体を測定する前例ができれば、他の分野の人員配置規制にも同じ問いが立てられるようになります。
さらに計画本文は、規制の空白を2つ認知しました。
1つは自律型AIです。
海外にはAIがふるい分けを行い、異常の可能性がある画像だけを医師が見る事例があるのに、日本の医薬品医療機器等法の承認制度にはこれを想定した枠組みがなく、製品開発を推進できないという声がそのまま記載されました[1]。
もう1つは、AIを使った医療機器が市販後も学習によって性能が変わり続けるという特性です。
見逃し防止の観点から感度を優先すべきだという意見とともに、エビデンスの集積が重要と整理されています[1]。 いずれも「すぐ解禁」ではありませんが、論点が公式文書に載ったことで、次の制度改正の土台ができました。
AI併用で内視鏡検査のダブルチェック負担を軽減できるかを検証するAMED (日本医療研究開発機構) の研究 (2025〜2027年度) の成果を、関係学会へ情報提供することも盛り込まれています[1]。
ミニまとめ 30年以上前に定められた二重読影ルールを、AIの性能検証を組み込んで再設計する検討が2026年度に始まります。 AI業務フローの実現性検証と、現行ルールの効果自体のデータ検証を先行させ、2027年に結論を出します。 自律型AIの承認枠組み不在と、学習で性能が変わり続けるAIの特性という2つの論点が政府文書に載りました。
第5章: 審査の一本化──新しい薬とAI医療機器が患者に届くまでを縮める
医療AIの製品は、多くの場合、臨床試験や臨床研究のデータで有効性を証明する必要があります。 その入口にある審査手続の改革が「被験者保護及び研究力強化等のための倫理審査の適正化」です[1][3]。
背景の数字が深刻です。
欧米で承認されているのに日本で承認されていない薬は143品目あり、うち86品目は日本での開発にすら着手されていません (2023年3月時点の調査)[3]。 国際共同治験の実施数は、2000年から2023年の累計で米国13,576件に対し日本は2,698件で世界19位。 複数の病院で同じ治験を行う場合の審査回数は、日本平均57.3回に対し米国28.0回と約2倍。 審査の承認までに要した日数も、日本平均123日に対し米国56日と約2.2倍です[3]。 1つの治験を12の病院で行うと、最大12回の別々の審査が走るのが日本の現状で、これを1回の一括審査にまとめるのが理想形です。
計画は、治験の一括審査を広げるための省令改正を指示しました[1]。
治験を依頼する企業側が審査委員会を選び、一括審査を依頼できるようにすること
企業が委員会を選んだ場合、各病院の長が別の委員会に重ねて審査を依頼する運用をやめること
治験の途中から一括審査へ集約することも可能にすること
同時に、審査の質への不安が一括審査の普及を妨げてきた経緯を踏まえ、質の高い審査委員会が満たすべき基準 (利害関係のない委員の参加、英語資料の受入れ、議事概要の公表、標準審査期間の公表など) を定めて公表する制度も検討されます[1]。 国内で開始された治験に占める一括審査の割合を毎年度把握・公表し、達成目標 (80%以上) に向けて追いかける設計です。
治験に付随して行う医学研究についても、要件を満たせば治験と併せて1つの委員会で審査できるようにする検討が指示されました[1]。 AI医療機器の臨床評価も同じ審査インフラの上で動くため、この改革は薬だけでなく医療AI製品の開発リードタイムにも効いてきます。
ミニまとめ 日本の治験審査は回数で米国の約2倍、日数で約2.2倍かかっており、一括審査の普及が処方箋です。 企業側が審査委員会を選んで一括審査を依頼できるようにする省令改正が指示されました。 審査委員会の質の基準公表と実施率の毎年度公表で、一括審査80%以上の目標を追いかけます。
第6章: 現場のDX──動く診察室、調剤の外部委託、介護のICT要件
上流のデータとAIだけでなく、患者に近い現場のデジタル化を進める項目も並びます。
オンライン診療は、2025年12月成立の医療法等改正で「オンライン診療受診施設」という制度が作られ、2026年4月に施行されました[1][6]。 病院のない地域でも、看護師が同乗する専用車両や公民館の専用ブースで、患者が医師のオンライン診療を受けられる仕組みです。 今回の計画は、患者のそばに看護師がいる形態 (D to P with N) について、次の明確化とガイドライン整備を指示しました[1][3]。
届出されたオンライン診療専用車両でも、点滴、注射、血液検査、尿検査、超音波検査、心電図検査などの診療の補助行為ができることの明確化
補助行為の前提となる医薬品・医療機器を、医師・医療機関の管理責任の下で看護師が一時的に保管・運搬できることの明確化
受診施設側に求める設備・体制を、安全確保を前提に必要最小限とすること
診療報酬の宿題も明記されました。
2026年度の診療報酬改定で、看護師のいる患者へのオンライン診療で処置を行った場合の報酬 (看護師等遠隔診療処置実施料、1日につき100点または150点) が新設されましたが、オンライン診療受診施設では算定できない扱いになっています[3]。 計画は、ガイドライン整備を前提に診療報酬上の取扱いを明確化するとしました。 制度、行為、報酬の3点がそろって初めて、動く診察室は地域に定着します。
薬局では、国家戦略特区で調剤業務の外部委託を広げる実証が動きます[1][2]。 現在は一包化 (複数の薬を1袋にまとめる作業) に限って外部委託が認められていますが、医療DXの活用を前提に、一包化しない調剤の外部委託と、委託先から患者宅への直送まで含めた実証を特区で始められるよう、2026年度中に結論を出します。 薬剤師を対物作業から解放し、服薬指導や在宅患者のフォローという対人業務に注力させる薬局DXの試金石です。
介護では、テクノロジー導入を前提とした人員配置の特例がすでにあります。 介護付き有料老人ホームなどで、見守りセンサーやインカム、介護記録ソフトなどを導入して生産性向上に取り組む施設は、入居者3人あたり職員3人分という基準を2.7人分まで柔軟化できる制度です[1][3]。 ところが2026年3月末時点の適用は3法人46施設にとどまり、関連する加算の取得も全介護事業者の2.7%と低迷しています[1]。
原因として計画が挙げたのは、証明の重さです。
適用には、テクノロジー導入の前後で業務時間を比較するタイムスタディ調査 (24項目を毎日10分単位で記録) などが必要で、この記録作業自体が現場の負担になっていました。 計画は、調査項目の簡素化 (直接介護・間接介護・その他への大くくり化など)、介護記録ソフトの仕様に合わせた柔軟化、業務日数の違いなどによる集計のゆがみを調整できることの明確化を指示しました[1][3][8]。 あわせて、人口減少地域で人員配置基準を緩和できる特例介護サービスの新類型についても、ICT要件を介護記録ソフトなど必要最小限にとどめ、高齢の職員が多い小規模事業者に過度な負担を課さないことが明記されています[1]。 テクノロジーを促すはずの制度が記録作業で現場を苦しめては本末転倒だ、という現場の声への応答です。
医療と介護の仕事の分担 (タスク・シフト) でも、ICTを使った遠隔での医師・看護師の指示・確認の下で、介護職員ができる行為を広げるべきだという指摘が本文に記載されました[1]。 デジタルを介した監督という論点は、今後の医行為の整理でも繰り返し出てくるはずです。
ミニまとめ オンライン診療専用車両での点滴・注射・検査などの診療補助と、その診療報酬上の扱いが明確化へ向かいます。 特区で「一包化しない調剤の外部委託+患者宅直送」の実証に向けた制度設計が2026年度中に行われます。 介護のICT前提特例は、適用3法人46施設という低迷の原因である調査負担の簡素化が検討されます。
第7章: 節目のカレンダー──今後1〜2年で何がいつ決まるか
最後に、医療AI・医療DXに関わる人が押さえておくべき節目を時系列で並べます[1][2][3]。
2026年度中: 読影AIを前提とした業務フロー検証と二重読影の効果検証が開始。特区の調剤外部委託の制度設計の結論。介護の特例介護サービス新類型の要件の結論。
2026年夏: 本人同意不要の医療等データ法制 (対象範囲・利用目的・利用主体・収集の仕組み・審査体制・情報連携基盤) の結論。
2026年度冬頃: 電子カルテ情報共有サービスの運用開始予定。
2027年 (令和9年): 画像読影の見直しの結論。オンライン診療のD to P with N調査研究の取りまとめと診療補助行為のガイドライン整備。
2027年通常国会: 医療等データ利活用法制の法案提出を目指す。
2028年度: 電子カルテ情報データベース (二次利用) の運用開始目標。
規制改革実施計画は毎年フォローアップされ、進捗が公表されます[4]。 検討の各段階では審議会やパブリックコメント (意見公募) が挟まるため、開発企業や医療機関には制度設計に意見を出す機会が残されています。 締切つきの計画が公表された今が、関与の始点です。
ミニまとめ 2026年夏のデータ法制の結論と、2027年通常国会への法案提出が最大の節目です。 読影AI検証、電子カルテ共有サービス運用開始、オンライン診療ガイドラインが2026〜2027年に集中します。 計画は毎年フォローアップされるため、パブリックコメント等での関与の機会があります。
FAQ
Q1. この計画は法律ですか。決まったことは必ず実行されるのですか。
A1. 計画自体は法律ではなく、政府が「いつまでに何を検討・措置するか」を約束する閣議決定です[1]。 ただし各項目に実施時期と担当省庁が明記され、毎年フォローアップされるため、単なる宣言よりはるかに拘束力があります。 法律の制定が必要な項目 (医療データ新法制など) は、この計画に沿って法案が作られ、国会での審議を経て初めて確定します。
Q2. 医療AIのスタートアップは、何から確認すべきですか。
A2. 自社の製品がどの層に関わるかの仕分けが出発点です。 学習データの確保が課題なら第2章のデータ法制 (2026年夏結論) と第3章の電子カルテ拡充を、読影や診断支援の製品なら第4章の業務フロー検証と自律型AIの論点を、臨床評価を控えているなら第5章の一括審査の動きを追ってください。 いずれも検討の場は審議会と意見公募で開かれます。
Q3. 患者としては、自分のデータがAI開発に使われることを拒否できますか。
A3. 制度設計はまさにこれから決まります。 検討中の枠組みは、氏名などを削除した仮名化データを、審査を通った利用者だけが監視付きのクラウド環境で使う設計で、不適切利用への罰則や差別防止措置もセットで検討されています[1]。 本人の関与の在り方 (オプトアウトの設計など) は2026年夏の結論に向けた主要論点の1つで、EUのEHDSでも同様の議論を経て制度化されました[7]。
Q4. 介護や薬局の現場には、結局何が変わるのですか。
A4. 介護では、テクノロジー導入を条件とする人員配置特例の証明負担が軽くなる方向です。 薬局では、特区での実証を入口に、調剤の外部委託と患者宅直送という新しい業務分担の形が試されます。 オンライン診療では、看護師が同乗する専用車両でできる医療行為の範囲と報酬がはっきりします。 いずれも2026年度から2027年にかけて具体化します。
【まとめ】
規制改革実施計画2026の医療パートは、医療AIの開発の壁 (データ) と実装の壁 (業務規制) に同時に手を入れ、現場DXの布石までを1冊に束ねた文書です。
ゲノムや画像を含む14類型のデータを、AIの学習・テスト・評価を含む目的で本人同意なしに使える日本版EHDSの検討は、2026年夏結論、2027年法案提出という締切を持ちました。
電子カルテ情報共有サービスは中身・期間・集まりの3方向で拡充され、人員配置ルールにAIの性能検証を組み込む初の試みが読影の分野で始まります。
治験審査の一括化は薬だけでなくAI医療機器の開発リードタイムにも効き、動く診察室と調剤外部委託は地域医療のDXを前に進めます。
締切と担当省庁が明記された計画が公表された今、必要なのは見出しの消費ではなく、一次資料を開いて自分の領域の節目をカレンダーに書き込むことです。 この記事がその作業の地図になれば幸いです。
参考資料
[1] 内閣府「規制改革実施計画」(令和8年7月21日閣議決定) 本文 https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/publication/program/260721/01_program.pdf
[2] 内閣府「規制改革実施計画」概要 (主な事項) https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/publication/program/260721/02_point.pdf
[3] 内閣府「規制改革実施計画」実施事項説明資料 https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/publication/program/260721/03_initiatives.pdf
[4] 内閣府 規制改革 (規制改革推進会議) https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/index.html
[5] e-Gov法令検索「がん登録等の推進に関する法律」 https://laws.e-gov.go.jp/law/425AC1000000111
[6] e-Gov法令検索「医療法等の一部を改正する法律」(令和7年法律第87号) https://laws.e-gov.go.jp/law/507AC0000000087
[7] EUR-Lex「Regulation (EU) 2025/327 (European Health Data Space)」 https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2025/327/oj
[8] 厚生労働省「介護・高齢者福祉」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/index.html
[9] 厚生労働省「がん対策推進基本計画」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000183313.html
[10] 厚生労働省「医療分野の情報化の推進について」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/johoka/index.html
[11] 厚生労働省「オンライン診療について」 https://www.mhlw.go.jp/stf/index_0024_00004.html
[12] 内閣府「健康・医療」(次世代医療基盤法) https://www8.cao.go.jp/iryou/index.html










医療等データの「出口規制」への転換や、AIの学習・評価まで含めた二次利用枠組みの明確化に大きな前進を感じました。個人同意の壁で大規模データの活用が滞っていた課題に対し、ゲノムや画像を含むデータ類型と具体的な法案提出スケジュール(2027年)を設けて推し進める流れは、日本の医療AI開発を大きく後押しする節目になりますね。