2026年8月17日、JAMAにEzekiel Emanuelらによる一本のViewpointが掲載されました[1]。
頭を使う医療の仕事に限れば、AI単独の医療が、医師単独よりも、そして医師とAIの組み合わせよりも良い結果になる可能性が高い、という主張です。
医療AIの議論はこれまで、AIは医師を支援する道具である、という前提の上で進んできました。
その前提そのものを疑うのがこの論考であり、2024年1月以降の医療AI論文を通覧したうえで組み立てられています。
この記事では、主張の骨格、根拠として挙げられた数値、反証側として挙げられている研究、そして著者たち自身が認める限界までを、原著の記述に沿って通しで読みます。
note版では全体像を扱いましたので、こちらでは個々の研究の中身と、数値を読むときの注意点に踏み込みます。
用語集
Viewpoint: 医学雑誌に載る論考のことで、新しい実験結果の報告ではなく、既存研究を踏まえた主張や問題提起を指します。
大規模言語モデル: 大量の文章を学習し、文章で受け答えをするAIのことです。この記事ではLLMとも書きます。
推論モデル: 2024年終わりごろに登場した新しい種類のLLMで、答えを出す前に内部で段階的に考える手順を持つものを指します。
自律AI: 人が途中で確認や修正をしなくても、AIだけで判断まで完結させる使い方のことです。
ハイブリッド: 医師とAIが組んで判断する使い方のことです。人が最終決定を握る形と、AIが最終決定を握る形があります。
鑑別診断: 症状や検査所見から、考えられる病気の候補を並べて絞り込んでいく作業のことです。
ガイドライン準拠: 学会などがまとめた標準的な診療指針に沿っているかどうかを指します。
OSCE: 客観的臨床能力試験の略で、模擬患者を相手に診察の手順や態度を評価する試験形式のことです。
メタ分析: 複数の研究の結果を統計的にまとめ直し、全体としての傾向を出す手法のことです。
効果量: 二つの条件の差の大きさを表す指標で、この記事ではgという記号で出てきます。プラスなら前者が優れ、マイナスなら劣ることを意味します。
信頼区間: 推定値がどのくらいの幅で揺れうるかを示す範囲のことです。95パーセント信頼区間という形で書かれます。
アルゴリズム回避: 機械の出した答えを、人が理由なく信用せずに退けてしまう傾向のことです。
脱技能化: 便利な道具に頼るうちに、人の側の技能が落ちていく現象のことです。
エージェント構成: LLMに役割や手順を与え、複数の処理を組み合わせて動かす設計のことです。
第1章: 通説の地図──支援するAIという前提
議論の出発点は、医療AIをめぐる現在の標準的な立場です[1]。
米国医師会は、AIを人工知能ではなく拡張知能と呼び続けています。
これは、AIが医師の能力を拡張する道具であって、医師を置き換えるものではないという立場を、呼び方のレベルで固定する工夫です。
米国内科学会はさらに明確で、AIは臨床判断において支援的な役割に限られるべきであり、医師の意思決定を置き換えるべきではない、という主張を示しています。
医療AIの解説書として広く読まれているRobert Wachterの著書でも、同じ構図が採られています[13]。
最上位の医療はAIに支えられた医師によるものであり、AIだけの医療は普及価格帯にあたる、という位置づけです。
つまり、AI単独の医療は、人手が足りない場所での次善の策として描かれてきました。
Emanuelらは、この見取り図に正面から反対します[1]。
彼らの主張は、頭を使う医療の仕事に限れば、AI単独が最上位になりうる、というものです。
対象として挙げられているのは、
医学的に意味のある情報を患者から聞き出すこと
鑑別診断を立てること
診断を確定するための検査を選ぶこと
ガイドラインに沿った治療を選ぶこと
慢性疾患を管理し続けること
この5つの仕事です。
さらに著者たちは、この差が今後さらに開くと見ています。
LLMが公に登場したのは2022年11月であり、それから数年でこれだけの水準に達したという速度が根拠の一つです。
もう一つの根拠は、医師の側の技能がAIの利用によって落ちていく可能性です[1][3]。
片方が速く伸び、もう片方が緩やかに落ちるなら、差は開き続けることになります。
ミニまとめ
現在の標準は、AIが医師を支援するという構図です。
米国医師会と米国内科学会はこの立場を明示しています。
Viewpointはこれに反対し、頭を使う5つの仕事ではAI単独が最上位になりうると主張しています。
第2章: 情報を聞き出す仕事と、鑑別診断
主張の土台は個別の比較研究です。
情報を聞き出す能力については、複数の診療科にまたがる159件のOSCE形式の模擬症例が使われました。
評価者となった医師たちは、GoogleのArticulate Medical Intelligence Explorer、略してAMIEのほうが、医師よりも優れていると判定しています。
内訳は、
患者役の訴えを引き出す場面で、97パーセント対50パーセント
系統的な問診で、88パーセント対35パーセント
病歴聴取で、85パーセント対50パーセント
家族歴で、50パーセント対21パーセント
服薬歴で、68パーセント対45パーセント
いずれも統計的に意味のある差とされています。
ただし比較の中身をよく見ると、評価されているのは共感そのものではなく、必要な情報を漏らさず引き出せたかどうかです。
AIは疲れず、急かされず、決まった項目を毎回同じように尋ねます。
この条件では機械が有利になるという理解のほうが自然です。
鑑別診断については、377件の実際の複雑な症例が使われました。
ChatGPT o3が最終診断を候補の1位に挙げた割合は60パーセントでした。
比較対象となった内科医20名は、そのうち302件を対象とした集計で15.9パーセントでした。
この差の大きさは目を引きますが、二点の注意が必要です。
一つは、対象が実際の複雑な症例、つまり診断が難しい事例に寄っていることです。
日常診療の大半を占める典型的な症例での差ではありません。
もう一つは、比較対象の医師が20名という規模であることです。
著者たちも、この種の研究の多くが規模の小さい比較である点は否定していません。
なお著者たちは、AI側にとって不利な条件も指摘しています[1]。
比較研究の多くは、LLMを既製のまま、専用のプロンプトやエージェント構成なしで使っています。
役割の指定や安全のための制約、臨床手順の順序を組み込んだ構成にすると、診断、検査選択、ガイドライン準拠の治療のいずれもが目に見えて改善し、安全上の問題も減ると報告されています[1][10]。
つまり、既存の比較はAIの実力を体系的に低く見積もっている可能性がある、というのが著者たちの読み方です。
ミニまとめ
情報聴取では、AMIEが5つの項目すべてで医師を上回る評価を受けました。
鑑別診断では60パーセント対15.9パーセントという差がつきました。
ただし対象は難症例に寄っており、比較対象の医師は20名規模です。
第3章: 検査を選ぶ仕事と、治療を選ぶ仕事
次の2つの仕事は、費用と標準治療という、医療経済に直接ひびく領域です[1]。
検査の選択については、8000ドルという予算上限を課した56件の複雑な症例で比較が行われました。
MicrosoftのAI Diagnostic Orchestratorは、正しい最終診断に到達した頻度が医師の4.02倍で、費用は19.1パーセント低くなりました。
金額では2396ドル対2963ドルです。
ここは条件を丁寧に見る必要があります。
比較対象の医師は、同僚への相談も、教科書も、インターネットも使えない状態に置かれていました。
現実の医師は、迷えば調べますし、専門科に相談します。
したがってこの4.02倍という数字は、AIの上限と医師の下限を比べたものに近いと理解するのが妥当です。
著者たちはこの条件を隠さず明記しており、そこは誠実です。
治療の選択については、二つの研究が挙げられています。
先ほどのAMIEの研究では、評価者が適切と判定した割合が90パーセント対37パーセントでした。
また、Cedars-Sinaiのシステムを用いた461件の実患者症例の検討では、最適な治療推奨に至った割合がAIで77.1パーセント、医師で67.1パーセントでした。
信頼区間はAIが72.7から80.9パーセント、医師が62.9から71.1パーセントです。
二つの研究で差の大きさがまるで違う点は重要です。
模擬症例に近い設定では53ポイントの差がつき、実患者症例では10ポイントの差にとどまっています。
実データに近づくほど差が縮む傾向があるとすれば、模擬環境の数字をそのまま現場の期待値にはできません。
治療推奨の質は、診断の質よりも評価が難しい領域でもあります。
何が最適かはガイドラインだけでは決まらず、患者の希望、費用、通院の負担といった要素が入るからです。
この点は著者たちも、実臨床での評価が足りないという形で認めています。
ミニまとめ
検査選択では正診到達が4.02倍、費用は19.1パーセント低いという結果でした。
ただし医師側は相談も検索もできない条件でした。
治療選択の差は、模擬症例で53ポイント、実患者症例で10ポイントと開きがあります。
第4章: 慢性疾患を管理し続ける仕事
5つ目は、単発の判断ではなく、継続的な管理の仕事です[1]。
著者たちは、高脂血症、変形性関節症、糖尿病、乳がんの4領域について、AIのほうが患者を頻繁かつ正確に監視し、薬の調整もできると述べています。
具体例として挙げられているのは、2023年のランダム化比較試験です。
2型糖尿病の患者16名が、自分の臨床データについて音声型のAIと会話し、会話のたびに更新されたインスリンの用量指示を受け取りました。
対照群の16名は、医師がインスリンを調整し、毎日の自動音声で服薬の記録を促されました。
結果は三点で介入群が優りました。
至適用量に到達するまでの期間は、中央値で15日に対して56日を超えました。
インスリンの服薬遵守率は83パーセント対50パーセントでした。
糖尿病に関する情緒的な負担も、介入群のほうが3.6ポイント軽くなりました。
この研究は規模が小さく、合計32名にすぎません。
それでも、慢性疾患の管理という領域でAIが優位に立ちうる理由は理解しやすいものです。
用量調整は、決まった規則に沿って頻度高く行うほど成果が出る作業だからです。
外来の間隔が数週間から数か月あくという制約は、医師の能力ではなく仕組みの制約です。
言い換えれば、この領域でAIが勝っているのは、判断が優れているからというより、接触の頻度を上げられるからだと読むこともできます。
そう読むと、対抗策は必ずしも自律AIである必要はなく、頻回の遠隔調整を可能にする仕組みでもよい、という選択肢が見えてきます。
ミニまとめ
音声AIによるインスリン調整で、至適用量までの期間が中央値15日対56日超となりました。
服薬遵守率は83パーセント対50パーセントでした。
ただし合計32名の小規模試験であり、優位の源は接触頻度である可能性があります。
第5章: 反証側の研究を読む
主張の強さは、反対材料をどう扱っているかで測れます。
著者たちはこの点にも一節を割いています[1]。
まず範囲の限定があります。
放射線科は、AI単独が医師を安定して上回るとは言えない領域として、明示的に除外されています。
実際、乳がん検診でAI支援読影が標準の二重読影に劣らないことを示した大規模試験があり[12]、AIの実力そのものは疑われていません。
それでも著者たちは、放射線科では単独運用が確立していないという判断を採っています。
その上で、2024年1月以降に発表され、医師単独がAI単独と同等以上と結論した研究は9件しかない、と述べられています[1]。
そして、そのほとんどが最良のAIモデルを除外しているか、古いか、方法上の欠陥を抱えていると評価しています。
代表例として二つが挙げられています。
一つは、救急と集中治療の80症例で、医師単独が鑑別診断、検査指示、ガイドライン準拠の治療のいずれでもAIを上回ったとする研究です。
著者たちの反論は、この研究がOpenAIとGoogleのモデル、つまり当時の最良モデルを除外していた、というものです。
もう一つは、83件の研究をまとめたメタ分析です。
この分析は、AIと医師全体のあいだに有意な差はなく、専門医はAIより優れていると報告しました。
著者たちの反論は、83件のうち80件が古い版のChatGPTを使っていた、というものです。
この反論の立て方には注意が必要です。
最新モデルを含まない研究を除外していくと、残るのは新しい研究だけになり、新しい研究ほどAIに有利な結果が出やすい構造があります。
著者たちはその危うさを自覚しているようで、最後に留保を置いています。
発作性心房細動の診断や、非典型的な特徴を持つ症例など、特定の課題では人が最良のAIと同等以上である証拠がある、と認めています。
そのうえで、同じ基準は著者たちが採用した側の数字にも当たります。
AMIEもChatGPT o3もMicrosoftのオーケストレーターも、ある世代のモデルを、ある課題形式で、ある除外基準のもとで測った結果です。
古さを理由に反証を退けるなら、味方の数字もまた、次の世代が出た時点で同じ理由によって古くなります。
ミニまとめ
放射線科は、AI単独が安定して上回るとは言えない領域として除外されています。
反証側の研究は9件とされ、多くは最良モデルの除外や旧版の使用を理由に退けられています。
ただし発作性心房細動など、人が同等以上の課題があることは認められています。
第6章: ハイブリッドが劣化するという証拠
ここからが、この論考のいちばん独自な部分です[1]。
出発点は、2024年に発表されたメタ分析です[2]。
106件の実験がまとめられ、そのうち20件以上が医療分野のものでした。
結果は条件によってきれいに分かれます。
人のほうが得意な課題では、人とAIを組ませると人の成績が上がりました。
効果量はプラス0.46、95パーセント信頼区間は0.28から0.66です。
これは直感どおりの結果です。
ところが、AIのほうが得意な課題では、人とAIを組ませると、AI単独よりも成績が下がりました。
効果量はマイナス0.54、95パーセント信頼区間はマイナス0.71からマイナス0.37です。
つまり、支援の効果は前提条件によって符号が反転します。
同じメタ分析には、文章などを作る仕事では組み合わせがAI単独を上回るという結果も含まれています。
ただし著者たちは、この結果には人とAIのどちらが優れているかの区別が入っていないため、いま問題にしている論点には使えないと整理しています。
臨床に絞ったレビューでも、向きは同じです。
52件の臨床研究を検討した2025年のレビューでは、医師とAIの組み合わせは、医師単独とAI単独のうち優れているほうより信頼性が低い、と報告されました。
統計値はマイナス0.019、標準誤差0.007です。
このレビューの著者たちは、医師とAIの組み合わせはAI単独を上回らず、医師とAIのうち優れているほうも上回らなかった、と結論づけています。
個別比較も紹介されています。
実際の患者症例を用いた検討では、ChatGPT-4単独の診断推論スコアの中央値が92パーセントだったのに対し、ChatGPT-4を使った医師のスコアは76パーセントでした。
より新しい推論モデルであるo1-previewの単独スコアは97パーセントに達しています。
ただしこの研究では、o1-previewを使った医師との直接比較は行われていません。
反対の結果もきちんと挙げられています。
大腸病変の同定では、人とAIのチームが人単独もAI単独も上回った研究があります。
発作性心房細動の診断でも、組み合わせがAI単独を上回った研究があります。
著者たちの説明は明快で、これらの研究ではAI単独が医師単独を明確には上回っていなかった、というものです。
つまり第一の条件が満たされていないため、劣化の法則が働く場面ではないという整理です。
最も示唆的なのは、誰が最終決定を握るかで結果が分かれる研究です。
腫瘍の同定を扱った研究では、AIが最終決定を握るハイブリッドはAI単独を上回った一方で、医師が最終決定を握るハイブリッドはAI単独を下回りました。
これは、劣化が訓練不足で説明できるものではなく、決定権の所在から生じることを示しています。
なお、これらの個別研究の多くは原著の補足資料に一覧として収載されているもので、本文中では研究者名のみが示されています。
書誌情報を確認したい場合は、原著の補足資料を直接あたる必要があります[1]。
ミニまとめ
AIが優位な課題では、人を挟むと成績が下がるという結果が繰り返し出ています。
効果量はプラス0.46からマイナス0.54へ、前提条件によって符号が反転します。
決定権をAIが握るか医師が握るかで結果が分かれた研究があります。
第7章: なぜ人が入ると悪くなるのか
原因として著者たちが挙げるのは、能力ではなく判断の構造です[1]。
第一に、人はAIを信じるべき場面を見分けるのが苦手です[1][2]。
特に、AIが自分より優れている場面ほど、その見分けが難しくなります。
第二に、アルゴリズム回避があります[1][4]。
機械の出した答えを理由なく退けてしまう傾向のことで、アルゴリズム助言に関する研究の75パーセントで確認されています。
やっかいなのは、自分のほうが不正確だと知っている場合でも消えないという点です。
さらに、責任の重い判断をする専門性の高い人ほど強く出るとされています[5]。
人がアルゴリズムを好むという逆向きの研究も存在します[6]。
どちらが出るかは課題の性質と説明の与え方に依存するため、アルゴリズム回避は普遍法則ではなく、条件つきの傾向として理解するのが正確です。
第三に、専門分化の副作用があります[1]。
人は自分の専門の外にある知識を統合することが苦手で、AIはそれを容易に行います。
複数の科にまたがる症例ほど、この差が効いてきます。
第四に、非対称です。
AIが良くなるほど、人が誤りを見つけて直すことで得られる利益は小さくなります。
一方で、人が誤りを持ち込んだり、正しいAIの判断を誤って覆したりする分は減りません[11]。
利益が縮み、損失が変わらないなら、差し引きはいずれ負になります。
そこに脱技能化が重なります[3]。
大腸内視鏡でAI支援を経験した内視鏡医の技能低下を扱った観察研究が引かれており、AIは新人にはある程度の技能向上をもたらす一方で、全体としては技能の低下を招くと整理されています[3][1]。
意図的な技能維持の仕組みを設けるか、AIを使わないという選択をしない限り、この低下は避けにくいという見立てです。
歴史的な類推としてチェスが挙げられています[1]。
1997年にDeep Blueが世界王者に勝ちました。
人が単独でAIに勝った最後の年は2005年です。
その後しばらくは、人とAIの組み合わせが最強とされる時代が続きましたが、2017年までにAI単独が最強のハイブリッドを追い抜きました。
組み合わせ優位の期間は12年ほどでした。
著者たちはこの類推の限界も述べています。
医療はチェスよりはるかに複雑で、医師の選択肢は明確に定義されておらず、結果との結びつきも確実ではありません。
それでも、AIが人を完全に上回った後にハイブリッドも抜かれるという順序自体は、分野を超えて共通するのではないか、というのが主張です。
ミニまとめ
原因は能力差ではなく、決定権と信頼の構造にあると整理されています。
アルゴリズム回避は研究の75パーセントで確認され、専門性が高いほど強く出ます。
逆向きの研究も存在するため、普遍法則ではなく条件つきの傾向と読むべきです。
第8章: 著者たちの留保と利益相反
この論考は、反対材料を自分たちで列挙しています[1]。
むしろここが実務上いちばん役に立つ部分です。
第一に、比較研究の大半は切り分けられた認知課題のシミュレーションであって、実際の診療のやり取りの分析ではありません。
実臨床の評価は必要であり、増えつつあるとも書かれています。
実例として、処方の更新をAIが担う米国ユタ州の取り組み[14]や、実際の遠隔診療における全国規模のランダム化研究が挙げられています。
第二に、責任の所在、規制、診療報酬という三つの障壁が、AI単独を実臨床で試す研究を制限しています。
つまり、証拠が足りないのは技術の問題ではなく制度の問題だ、という指摘です。
第三に、意地悪な条件で試すとLLMはまだ脆いという指摘があります[9]。
とりわけ、AIと利用者のあいだの情報のやり取りが弱点になるという報告が引かれています[7]。
文章にまとめられた症例をそのままAIに与える形式の研究では、この弱点が表に出ません。
実際の患者が自分の症状をうまく言葉にできない場面こそが難所であり、そこを避けた評価は実力を過大に見せます。
この問題に対処するための評価枠組みも提案されています[8]。
第四に、頭を使う仕事の多くは手技と結びついています。
手術、分娩、血管内治療、内視鏡検査は、まだ自律的に任せられる段階にありません。
したがって現実の運用は、認知的な部分を自律AIが担い、身体的な部分を医師が担う統合になります。
加えて、工学上の課題と高い初期費用が導入を遅らせる可能性も挙げられています。
第五に、AIは医師とは違う壊れ方をします。
通信の途絶、サイバー攻撃、そして事実と異なる内容を自信を持って出力する現象は、人を挟まない運用のほうが影響が大きくなります。
著者たちは、この種の裾野のリスクを、診断と治療の精度の高さと天秤にかける必要があると述べています。
第六に、出版のかたよりです。
医療AIの失敗や悪い結果は正式に報告されないことが多く、金融など他分野でも優れたアルゴリズムは競争上の理由で公表されません。
この偏りが理解を歪めるという自己批判が置かれています。
そして利益相反です[1]。
共著者のNeal KhoslaはAI医療企業Curai Healthの最高経営責任者であり、複数の特許を保有または出願中であることが開示されています。
Vinod KhoslaはOpenAI、Curai Health、Limbicへの投資家です。
筆頭著者のEmanuelも、複数の医療関連企業の助言役や講演報酬を開示しています。
利益相反があるから主張が誤りだ、という推論は成り立ちません。
それでも、自律AIが優れているという結論から利益を得る立場の人が執筆に加わっている事実は、読み手が重みづけをするために必要な情報です。
そしてこの情報は、原著にきちんと書かれています。
最後に、著者たちが挙げていない留保を一つだけ足しておきます。
この論考が掲げているのは最善の医療という言葉ですが、実際に測られているのは、診断の正答率、評価者による判定、費用、服薬の遵守といった指標です。
死亡率、有害事象、過剰診断、検査の連鎖、そして患者を継続的に引き受ける責任は、示された数値のどこにも出てきません。
測られていないものが良くなる保証は、測られたものからは出てこないという点は、読み手の側で補っておく必要があります。
ミニまとめ
著者たちは、シミュレーション中心であること、制度的障壁、AI特有の裾野リスクを自ら挙げています。
AIと利用者のあいだの情報伝達が弱点であるという指摘は、評価設計の急所です。
共著者にAI医療企業の最高経営責任者と投資家が含まれ、利益相反が開示されています。
第9章: 日本の制度で読み替える
この主張をそのまま日本に持ち込むことはできません。
一つ目は制度の前提です。
医師法第十七条は、医師でなければ医業をしてはならないと定めています[16]。
AIだけで診断や治療方針を決めて完結させる形は、現行の枠組みでは想定されていません。
診断支援ソフトウェアの位置づけも制度の側で決まっています。
薬機法は医療機器の定義に用いる機械器具等のなかにプログラムを含めており[17]、こうしたソフトウェアは医療機器プログラムとして承認の対象になります。
したがって、この論考が描く2030年ごろの姿は、日本では法制度の議論を経なければ入口にすら立てません。
議論の開始時期を決めるのは、技術の成熟ではなく制度の側だということになります。
二つ目は、脱技能化がより早く効いてくる可能性です。
引用されている技能低下の研究は大腸内視鏡を扱ったものですが[3]、日本の内視鏡検査は2025年8月の1か月だけで2,184,550回算定されています[18]。
内訳は胃と十二指腸が681,184回、大腸が273,242回です。
一方、同じ統計で患者が自分で使う治療用アプリなどのプログラム医療機器の指導管理料は526回でした[18]。
画像診断を支援するAIは機器に組み込まれて使われるため単独の算定回数には現れませんが、支援の入り方が領域によって大きく違うことは、この数字の開きから読み取れます。
支援の是非を論じる前に、支援を入れたあとに人の技能をどう保つのかという設計が先に必要になります。
三つ目は、比較条件を一緒に運ぶという規律です。
検査選択の研究では、医師の側が相談も教科書も検索も使えない条件に置かれていました。
数値だけを切り出して国内の議論に持ち込むと、実態より大きな差として流通します。
逆に、AIの側も既製のまま使われていて実力を出し切っていない可能性があるという指摘[1][10]も、同じ理由で一緒に運ぶ必要があります。
四つ目は、責任の設計です。
この論考でいちばん実務的な発見は、AIが最終決定を握るハイブリッドと、医師が最終決定を握るハイブリッドで結果が分かれたという点でした。
支援か置き換えかという二択ではなく、仕事の単位で決定権と責任の所在を設計する作業になります。
日本では責任の所在が制度の側で医師に固定されているため、設計の自由度は米国よりも小さくなります。
なお医師数は347,772人で、前回調査から4,497人、1.3パーセント増えています[19]。
その制約の中で何ができるのかを具体化することが、現実的な次の一歩です。
ミニまとめ
日本では医業が医師に限られており、そのままの形では適用できません。
脱技能化への備えは、賛否と無関係にいま着手できる課題です。
数値を輸入するときは、医師側とAI側の両方の条件を一緒に運ぶ必要があります。
FAQ
Q1. この論考は、医師が不要になると言っているのですか。
A1. そうは言っていません。
対象は頭を使う5つの仕事に限られており、手術や内視鏡などの手技は自律化されていないと明記されています[1]。
著者たちが求めているのは、置き換えの宣言ではなく、業務の流れ、責任、規制、診療報酬、医学教育を早めに設計し直すことです。
Q2. 示された数字はどこまで信頼してよいものですか。
A2. 数字自体は実在の研究に基づいていますが、大半は課題形式の比較です[1]。
医師側が参照手段を制限されている研究もあり、実診療の成績とは分けて考える必要があります。
実患者データに近い研究ほど差が小さくなる傾向も、原著の数値から読み取れます。
Q3. 医師とAIの組み合わせが悪いなら、現場ではどう運用すればよいのですか。
A3. 劣化が報告されているのは、AIが人より優れている課題で、人が最終決定を握る形のハイブリッドです[1][2]。
AIが最終決定を握る形では、AI単独を上回った報告もあります。
仕事ごとに決定権の所在を分けて設計することが出発点になります。
Q4. 放射線科が除外されているのはなぜですか。
A4. AI単独が医師を安定して上回るとは言えない領域として、著者たちが明示的に除外しています[1]。
乳がん検診でAI支援読影が標準の二重読影に劣らないことを示した大規模試験はありますが[12]、これは支援の形での結果であり、単独運用の根拠ではありません。
まとめ
JAMAに掲載されたこのViewpointは、医療AIをめぐる標準的な構図に正面から異議を唱えるものです[1]。
情報聴取、鑑別診断、検査選択、治療選択、慢性疾患管理という5つの仕事でAI単独が医師を上回る数値が積み上がっていること、そしてAIが優位な領域では人を挟むと成績が下がることが、根拠として提示されました。
効果量がプラス0.46からマイナス0.54へ反転するという結果は、支援という発想そのものに条件がついていることを示しています。
一方で、比較の大半がシミュレーションであること、AIと利用者のあいだの情報伝達が弱点であること、手技は自律化されていないこと、裾野のリスクが自律運用で大きくなること、そして共著者に利益相反があることも、同じ論考のなかに書かれています。
放射線科を除いた反証側の研究を9件と数えて退ける手つきには、新しい研究ほどAIに有利になる構造的な偏りが残ります。
この論考の実務的な価値は、AIが医師を超えるかという問いではなく、どの仕事で誰が最終決定を握るのかという問いを立て直した点にあります。
決定権の所在で結果が分かれたという観察は、賛否とは独立に設計へ持ち込めます。
日本では制度の前提が異なるため、議論の入口に立つこと自体がこれからの課題になります。
付録: 測定指標と数値の対応表
どの仕事について、何を測った指標で、どういう値が出たのかを対応させて並べます[1]。
比較条件も併記しますので、引用の際はこの条件まで一緒に運んでください。
情報聴取 (AMIE、159件のOSCE形式模擬症例): 訴えの聴取97パーセント対50パーセント、系統的問診88パーセント対35パーセント、病歴85パーセント対50パーセント、家族歴50パーセント対21パーセント、服薬歴68パーセント対45パーセント
鑑別診断 (ChatGPT o3): 377件の実世界複雑症例で最終診断を1位に挙げたのが60パーセント、内科医20名は302件のサブセットで15.9パーセント
検査選択 (Microsoft AI Diagnostic Orchestrator、8000ドル上限、56件): 正診到達が4.02倍、費用は19.1パーセント低い (2396ドル対2963ドル)。医師側は同僚、教科書、インターネットへのアクセスなし
治療選択 (AMIE): 適切な治療90パーセント対37パーセント
治療選択 (Cedars-Sinai、461件の実患者症例): 最適推奨77.1パーセント (95パーセント信頼区間72.7から80.9) 対67.1パーセント (同62.9から71.1)
慢性疾患管理 (2023年ランダム化比較試験、2型糖尿病、各群16名): 至適インスリン用量までの期間の中央値15日対56日超、服薬遵守83パーセント対50パーセント、情緒的負担は3.6ポイント低下
ハイブリッド効果 (2024年メタ分析、106実験、うち20件以上が医療): 人が優位な課題でg = 0.46 (95パーセント信頼区間0.28から0.66)、AIが優位な課題でg = マイナス0.54 (同マイナス0.71からマイナス0.37)
ハイブリッド信頼性 (2025年、52件の臨床研究レビュー): マイナス0.019、標準誤差0.007
診断推論スコア: ChatGPT-4単独の中央値92パーセント、ChatGPT-4を使う医師76パーセント、o1-preview単独97パーセント
反証側: 放射線科を除き、医師単独が同等以上と結論した研究は2024年1月以降で9件。83件のメタ分析は80件が旧版ChatGPTを使用
アルゴリズム回避: アルゴリズム助言に関する研究の75パーセントで確認
チェス: 1997年にDeep Blueが勝利、人単独の最後の勝利は2005年、2017年までにAI単独が最強ハイブリッドを凌駕
原著の本文中で研究者名のみが示されている個別研究は、補足資料の一覧に収載されています。
本文からは完全な書誌情報を取得できないため、詳細を確認する場合は原著の補足資料を直接参照してください。
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参考資料
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[17] 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律 (昭和三十五年法律第百四十五号) 第二条。e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/335AC0000000145
[18] 厚生労働省「令和7(2025)年 社会医療診療行為別統計」第19表 (2025年8月審査分) https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/sinryo/tyosa25/
[19] 厚生労働省「令和6(2024)年 医師・歯科医師・薬剤師統計」 https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/24/index.html













AIが優位なタスクにおいて人を介在させるとかえって成績が下がるという効果量の反転や、どちらが最終決定権を握るかで結果が分かれるという知見にすごく納得しました。単に「人間がAIを支援として使う」という従来の前提にとどまらず、判断の責任と権限を業務単位でどう割り振るべきかという根本的な問いを突きつけられます。